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さらさら日記

ぼちぼち のんびり ゆっくりと

桜小話『桜の香りは水色の香り』2

桜小話『桜の香りは水色の香り』2です。

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「あんた馬鹿?」
「うっ。ごめん」
案の定、ねえちゃんにオニイサン―松本譲さんと言う―のことを言ったら、何ベラベラ話してんのよって相当怒られた。おまけに頭も殴られた。
ひりひりする頭を抱えながら、俺はじいっとねえちゃんを見た。
ねえちゃんは、ふうっとため息をついて、あきらかに不機嫌そうにぼそりと言った。
「それで? どうなのよ。その譲さんとやらは」
「え?」
「桜子に会わせて大丈夫なのかってことよ」
「そ、それは大丈夫だと思う。かなり変な人だったけど。でも、桜子のこと、気味が悪くないって言ってくれたんだ。俺の大切な友達だからって。それに嘘はないと思う」
変な人だし、怪しいし、本当はお近づきになりたくないタイプなんだけど、不思議と嫌いになれないのは、少なくとも桜子に会わせても不安にならないのは、その言葉があったからだと思う。
まあ、俺の直感で、理由なんてわからないんだけど。
ねえちゃんは、またまたふうっとため息をついた。
「ま、あんたがそう言うなら大丈夫か。こんなにお土産もらったしね」
ねえちゃんは、ちょっと嬉しそうにお土産の入った袋を掲げた。
「いいの?」
「ん。でも、万が一、譲さんが桜子に何かしたら、アンタ全力で守るのよ。良い?」
「わかった!」
俺は大きく頷いた。
そして、次の日、ねえちゃんからOKでたことを譲さんに伝えたら、良い大人のくせにピョコピョコはねて大喜びしてた。
だ、大丈夫だよな?
ちょっと不安になったけど、もう知るもんか。なるようになれだ。


そうこうしているうちに、4月になった。
譲さんは渡良瀬公園の場所を知らないので、俺とねえちゃんで譲さんのお店まで迎えに行った。
初めて会う二人はお互いに挨拶をした。
「いやー、招待してくれてどうもありがとう!」
なんて譲さんがねえちゃんの手を握りしめ、ぶんぶんと大きく振るもんだから、ねえちゃん面喰ってた。
その後も、譲さんっぷりを遺憾なく発揮したためか、ねえちゃんはすっかり毒気を抜かれたらしく、
バスの中でも割と楽しそうだった。
そんなねえちゃんが俺の耳元でこっそり囁いた。
「あんたが譲さんを憎めない気持ちが良~くわかったわ」
「だろ?」
「変な人なんだけど、不思議と嫌いになれないのよね」
「そうなんだよな。不思議なんだけど」
俺とねえちゃんはくすくす笑った。

バスに揺られること40分。ようやく渡良瀬公園に着いた。
平日だったんだけど天気も良いせいか人がたくさん遊びに来ていた。
「ほほう。こんなところにこんな素晴らしい公園があったんだね~」
譲さんは何やら感心しているらしい。  
「やっぱり、知らなかったんだ」
「まあ、僕、1か月ほど前にここに来たばかりだからね」
「え、そうなの?」
「うん。この町のことは1年くらい前から知っていたけど、実際来たのはそのくらい。
 ついでに言うと、満君と会った日が初めてお店を開けた日だったんだ。
 だから、満君が最初のお客様だったんだよね~」
「そ、そうだったんだ」
そんなことを話しているうちに、孝明にいちゃんがやって来た。
「ありがとう! ありがとう!」
譲さんはねえちゃんの時と同じようにぶんぶんと手を振った。
孝明にいちゃん、相当ビックリして固まっていたな。

今日は天気も良くて、風も涼やかだし、最高の花見日和だった。
桜はだいぶ散り始めていたけれど、とてもきれいだった。
小さな子が、ひらひらと踊る花びらを取ろうと一生懸命に手を伸ばしている。
のどかだなあ。そんな風に思いながら歩いていると、桜子の桜の前についた。
「久し振り、桜子。来たよ」
そう、ねえちゃんが話しかけると、するりと桜子が現れた。
相変わらず、真っ白な着物を着て、座敷童みたいな顔をして。
桜子はちっとも変わっていなかった。
桜子は俺達をにこにこと笑って見ていたが、ふと、譲さんに気が付いた。
そのまま、じっと見つめる。
「ああ、桜子。こっちは、松岡譲さん。あやしいニイサンだけど、怖くないよ」
そう笑って紹介したら、譲さんは困ったように首をかしげた。
「あやしいってひどいなあ、満くん。で、桜子ちゃんはどこにいるの?」
「え? いるよ、譲さんの目の前にって、見えないの?」
「う~ん、残念ながらね」
「そんな」
「そうか、普通は見えなくて当たり前なんだ」
何となく譲さんなら大丈夫だと思っていたから、ちょっとショックでそのまま何も話せずにいたら、
隣にいた孝明にいちゃんがぽつりと言った。
「にいちゃん?」
「だって、俺が始めて桜子に会った時、俺しか見えなくてこいつ困ってたから」
見える方が珍しいんだよ。きっと。
そう困ったように孝明にいちゃんは言った。
「そっかあ。譲さんなら見えるって思ったんだけどな」
「ごめんね」
そう言って、譲さんは見えてないのに桜子の前にすっと膝を折り、同じ目線になった。
そして、にこりと笑う。
「こんにちは、桜子さん。僕はどうやら君のことが見えないようですが、一緒にいても良いですか?」
そう告げる譲さんの顔を桜子はしばらく見ていたけれど、やがて、譲さんの頬を両手で包み込んだ。
じいっとその目を見つめて、こくりこくりと頷いた。
「譲さん、桜子頷いてる。大丈夫だよ」
「そっか、良かった」
譲さんは安心したように笑った。

そうして俺達は桜子の木の下で、去年と同じようにお弁当を広げた。
ねえちゃんと俺が作ったサンドイッチのお弁当と。
譲さんが持ってきたアップルパイとチーズケーキと。
孝明にいちゃんが持ってきたいろんな飲み物と。
それぞれ分け合ってみんなで食べた。
「譲さん、このアップルパイ絶品! 手作りなの?」
「うん。良かったら後でレシピ教えるよ」
ちょっとしたこつがあってね。でも、それができると簡単だからね~。
そう笑う譲さんにねえちゃんは、にっこにこだった。
「お願いします!」
「サンドイッチも美味しくできてるよ。ね? 孝明君」
「ああ、俺厚焼き卵のサンドイッチて初めて食べたけど、美味しいのな」
「そうなの? うちは卵のサンドイッチって言ったらこれなんだけど」
「俺の家はゆで卵をみじん切りにしてマヨネーズとあえるやつだな」
「へえ、家によっていろいろあるんだな」
なんて、俺はちょっと感心しながら、今度はハム入りのサンドイッチに手を付けた。
そしてちらりと桜子を見た。
桜子はそんな俺達の話を聞きながら、美味しそうにサンドイッチをほおばっていた。
譲さんのずっとそばで。
何でかな? 桜子はずっと譲さんのそばを離れようとしない。
自分のことは見えていないのに。
「桜子!」
「?」
ねえちゃんが桜子に声をかけた。
桜子はちょこっと首を傾げた。
「美味しい? サンドイッチ?」
こくり。桜子は大きく頷いた。
「良かった。今年も桜子が元気で咲いてくれて嬉しい。頑張ったね」
こくりこくり。
桜子は再び頷いて、ふんわりと笑った。
「そうだな。去年の夏は相当暑かったから大変じゃなかったか?」
そう、孝明にいちゃんが尋ねると、
ふるふる。
今度は桜子は首を振った。そして、大丈夫と言いたいのか今度はにっこりと強く笑った。
「そっか。すげえな、桜子は」
頑張った桜子によしよしと頭を撫でてやった。
桜子は嬉しそうに首をすくめた。
「みなさんは本当に見えているんですね~」
「!」
「何故僕には見えないのでしょう。ちょっとさみしいですねえ」
はふうっとため息をつく譲さんに、俺は困って頭をかいた。
「でも、桜子は譲さんのすぐそばにいるんだよな」
「そうそう。ずっと離れないの。今も譲さんのことじっと見つめているし」
「なあ、桜子。見えない理由、何か知ってるのか?」
孝明にいちゃんが、桜子に思い切って聞いてみた。
桜子はこくりと頷いて、小さく言った。
『こころがいっぱいのひとはみえないの』
「こころがいっぱい?」
『そう。おこってたり、しんどかったり、つらかったり、さみしかったり。こころがいっぱいのひとにはとどかないの』
俺とねえちゃんと孝明にいちゃんは、ぱっと譲さんを見た。
おこってたり、しんどかったり、つらかったり、さみしかったりか。
このぽやぽやした譲さんの様子じゃ、とてもじゃないけどそんな風には見えないけどな。
3人に見つめられて、さすがの譲さんも参ったみたいだ。
「何だい? みんな?」
驚く譲さんに、おそるおそる聞いてみた。
「ねえ、譲さん。最近、さみしいこととかつらいことかなんかあった?」
「え?」
「桜子がね、言うんだ。心がさみしさなんかでいっぱいな人には見えないって。だから」
譲さんが目を見開いたまま何も言わないから、俺は段々と話す声が小さくなった。
ずけずけと聞いてしまったことに後悔する。
俺もねえちゃんも孝明にいちゃんも黙ったままうつむいてしまった。
でも。
「ねえ、満君」
「え?」
「桜子さんが言ったの? 心がいっぱいな人には見えないって」
「う、うん」
「そっかあ」
そう言って、譲さんは少し空を見上げた。まぶしげに目を細めて、ふうっと息を吐いた。そして、ぽつりと呟く。
「……あの店ね、実は僕ともう一人一緒にするはずの人がいたんだ」
「もう一人?」
「うん。まあ、僕の恋人で大切な人だったんだけど、1年前に事故で亡くなってね。
桜子さんはそのことを言っているのかもしれないなあ」
「そうだったんですか」
「うん。正直店も止めようかと思ったんだけど、あの店は彼女の夢だったからね。何とかかなえてあげたくて、頑張ったんだ。
きっと、桜子さんにも会いたかっただろうな。彼女、桜も不思議なことも大好きだったから」
連れて来たかったな。
そう呟いて公園で楽しそうに遊んでいる人達を愛おしそうに譲さんは見つめた。
どこかさみしそうな笑顔を浮かべて。
そんな譲さんを見つめていた桜子は突然すくっと立ち上がった。そうして、譲さんにぎゅうっと抱き着く。
「あれ?」
「桜子?」
「桜子さんがどうかしたの?」
「えと、今、譲さんにぎゅっと抱き着いてる」
「ああ、それでか」
譲さんはふんわりと笑った。
「何が?」
「今ね、優しい香りがしたんだ」
「優しい香り?」
「うん。みずみずしくて凛として。そして、柔らかい香り。ふわりと僕の周りを包み込んだんだ。桜子さんの香りだね」
譲さんは優しそうな顔で、自分のお腹の辺りをみた。
桜子はじっと譲さんの顔を見上げている。そして、にこりと笑った。
譲さんもにこりと笑った。
見えてないのに、見えているみたい。
「満君が正しかったね。桜の香りはあんな香りじゃなかったよ」
「だろ?」
「いつか僕にも桜子さんが見えるようになるといいな」
「見えるよ。いつかきっと」
「そうよ。また来ましょうよ。来年も」
「そうだね」
そう4人で笑っていたら、突然後ろから軽やかな声が聞こえてきた。
「あらあら、ちょっと遅かったかしら」
「おばあちゃん!」
それは、去年も花見を一緒にしたおばあちゃんだった。
「今年もおいなりさんたくさん持ってきたわよ。あら、新しい方? 桜子ちゃんもお気に入りの方なのね」
はじめまして。挨拶をするおばあちゃんに、にっこり笑って譲さんも挨拶をした。
「譲さん、ラッキー。おばあちゃんのおいなりさん、とっても美味しいんだぜ」
「それはそれは、ありがたい。僕、大好きなんですよ」
「譲さん、キツネみたいな顔してるしな」
「満!」
姉ちゃんのげんこつくらって、火花が散った。
これがすっげー痛いんだ。
ぎゃあぎゃあ言っているその横で、桜子と譲さんはにこにこと笑っていた。
いつか。
いつか。
譲さんの悲しみが薄れて、桜子が見えるようになったらいいな。
だって、桜子は譲さんのことが大好きだから。


<終わり>

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