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さらさら日記

ぼちぼち のんびり ゆっくりと

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お話「忘れない」

お話「忘れない」です。
続きを読むからどうぞ。


「忘れない」

高校1年生の冬。私は、大切な友人―優輝―を喪った。乳癌だった。
見つかった時にはもう手遅れで、どんどんやせ細っていく優輝に私は何もしてあげられなかった。
だけど、優輝はあきらめなかった。
どんなに治療が辛くても苦しくても、決してあきらめなかった。
髪が抜け、抗がん剤の影響でひどい吐き気に襲われても、優輝は優輝だった。
だけど、病魔は確実に優輝を蝕んでいく。
ある時、随分と痩せてしまった優輝がぽつりと言った。
「私がいなくなったら、みんな忘れちゃうかな」
あんまりさみしそうに優輝が言うものだから、
「忘れる訳ないじゃない。ばか」
と、私は怒ったけれど。
優輝はうれしそうに頷いて、穏やかに微笑んだ。
それが優輝を見た最期の姿だった。
大好きな優輝を喪って、心が体が空っぽになったみたい。
どんなにつらくても。悲しくても。
日々は当たり前のように何事もなく続いていく。
ねえ、優輝。
一緒に生きたかった。
笑って。
怒って。
泣いて。
また笑って。
そんな風に平凡な日々を一緒に過ごしたかった。
でも、優輝はもういない。
忘れることは決してない。決してないけれど。
残された私はどう生きていけばいいのだろう?
そして、私は高校2年生になった。
春になって、木々の緑が美しく輝き、花は鮮やかな色に染まる。
いつもなら私も春の季節を楽しむのだけれど、あまりそんな気分になれなかった。
私の心は去年の冬のまま止まっているのだ。
そんなある日。
「あかり、行くわよ」
突然母に言われた。
「え? どこに?」
「わらびよ。わらびを取りに行くの」
「わらび?」
「そうよ。今日も良い天気だし、早く取りに行かないと他の人に取られてなくなっちゃうわ。あんた、家に居たってぼうっとしているだけでしょ。一緒に来なさい」
「……」
正直、行きたくない。
でも、そんなことこの母には通用しない。
働かざるもの食うべからずを信条としている母だ。
行くしかないのは分かっている。
私は、そっと溜息をついて頷いた。
「わかった。行きます」
「よし!」
そう言って、母は満足そうに、にっこり笑った。
それから30分程で準備を終えて、母の車に乗り込んだ。
車で15分の所に、母が毎年わらびを取りに来ている山がある。
母は山菜取りが大好きで、この時期になると血が騒ぐらしい。
私もそれにつき合って、毎年行かされている。
まるっきり狩りモードになるのだ。
私達は近くの公園に車を止めて、山を登り始めた。
リュックには軍手にわらびを入れる袋、飲み物とコンビニで買ったおにぎり、そして。
「……何で持って来たかなあ」
私は、苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
描く気分になんてなれないのに。
リュックの中には、当たり前のようにスケッチブックと鉛筆が入っていた。
私は絵を描くのが好きだった。
特に樹木の絵を描くのが好きで、暇を見つけてはあちこちスケッチに出かけていた。
鉛筆や色鉛筆を使ったシンプルなものだったけれど。
懸命に生きている木々の姿を描き留めるのが好きだった。
優輝にも良く見せたっけ。
下手くそな私の絵でも、
「いいじゃん!」
って、楽しそうに笑って言ってくれた。
そんな風に、ふと思い出すのだ。
優輝と過ごした日々のことを。
一緒に笑い合った日のことを。
それは私の心を温かくしてくれると同時に、さみしくもさせる。
優輝がいないことを再確認してしまうから。
いつになったら優輝との思い出が優しいものになってくれるのだろう。
答えの出ない問い掛けに私は軽く頭を振って、先を歩く母について行った。
しばらく、山道を歩く。
去年の春以来、一度も来たことがない、1年ぶりの山。
しかし、山はいつもの様子と随分違っていた。
去年の夏、ひどい台風が私の住んでいる町を襲った。
川が氾濫して大きな被害にあった地域もある程の大きな台風だった。
そのためか、この山でもあちらこちらで山崩れが起きている。
正直ここまでひどいとは思わなかった。
「……こんなにひどかったんだね」
「そうね。気を付けて歩きましょう」
「わかった」
そうして、私達は、崩れた山肌に足を取られないように気を付けながら、慎重に歩いた。
道の端にわらびがないかを気にしながら。
時には、わらびが群生していそうな場所に入り、探索する。
そうこうしながら一食分くらいにはなりそうな量を取った頃。
私は突然見つけた。
前方に大きくカーブしている道があって。
その下。
丁度崖になっている所に。
1本の山桜がぽつりと咲いていた。
「え、うそ」
私は早く確かめたくて、早歩きでその山桜に近づいた。
そして、その悲惨な状態に驚く。
「どうしたの?」
後から到着した母に私はそっと指をさした。
「これ」
「山桜?」
「うん」
その山桜は、崩れた山肌で花を咲かせていた。
根っこは辛うじて土に埋まっている感じで、半分以上は地面から出ている。
今にも地面に倒れそうなのに。
その桜は懸命に薄桃色の花を咲かせていた。
「すごいのね」
「うん」
「生きているのね。こんなになっても」
「うん」
私は頷くことしかできなかった。
この山桜に圧倒されていたんだと思う。
このような姿になっても生きようとするその強さに。
突然。
心の奥深くでバンッと何か熱いものが弾けた。
それは、
涙?
感情?
良くわからない。
でも、その熱いものは空っぽだった私の心に流れ込み、埋め尽くし、やがて溢れた。
訳が分からない、どうしようもない感情に振り回されながらも、思うことはただひとつ。
……ああ、描きたい。
「ごめん、母さん、スケッチしたい」
私は母の返事を待たずに、リュックからスケッチブックと鉛筆を取り出した。
新しいページを捲り、そっと深呼吸をする。
そして、その真っ白なページに黒い線を引いた。
不思議だった。
あんなに描く気持ちになれなかったのに。
今はどうしようもなく描きたい。
ただその気持ちのまま、私はひたすらひたすら描き続けた。
そうして。
私はようやく鉛筆を置いた。
そして、大きく息を吐いて、そのままへたりと座り込んでしまった。
ものすごい脱力感。
「大丈夫?」
そんな私に母が声をかけた。
母がいたことをすっかり忘れていた私は顔を上げた。
「うん、なんとか……」
「そう。で、描けたの?」
「う、うん」
「見せてもらっていい?」
私は頷いて、描き上がったばかりのその絵を母に見せた。
母はじっと絵を見ている。
そして、ポツリと言った。
「母さんは絵のことはちっともわからないけど。いいんじゃない、この絵。母さんは好きよ」
「……」
「それに、何だか優輝ちゃんみたいね、この桜」
「え?」
「ほら、強くて、凛として、負けない。そんな感じ」
はいと母が私にスケッチブックを渡してくれた。
私はじっとその絵を見つめ、本物の桜を見た。
その瞬間、わかった。
そっか。
だから描きたくなったのか、この桜を。
この桜は、優輝に似ているんだ。
倒れても懸命に生きている桜。
最期まであきらめずに生きようとした優輝。
私はこの桜に優輝を重ねて見ていたんだ。
生きたい。
私もこの桜のように、優輝のように、生きたい。
最期まで。
あきらめずに。
自分の力で。
ねえ、優輝。
今でも、あなたを喪ってどう生きて行けば良いのかわからない。
でも、私は、私らしく生きて行く。
悩みながら、もがきながら、それでも生きて行く。
そうすればいつだってあなたは私のそばにいてくれるでしょう?
優輝は、その名の通り、どんなに暗く寂しい道でも優しく輝いて導いてくれる……そんな子だった。
そして今も私を導いてくれる。
光の方へと。
私はスケッチブックをぎゅっと抱きしめた。
そして、美しくひたむきに咲いている桜を見つめる。
また夏が来て、台風がこの山を襲ったら、もうこの桜は流されて無くなっているかもしれない。
だから、覚えておく。
この桜がいたことを。
優輝が生きていたことを。
絶対に忘れない。
山桜に、そう誓った。

おわり
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