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さらさら日記

ぼちぼち のんびり ゆっくりと

桜小話『桜の香りは水色の香り』1

桜小話『桜の香りは水色の香り』1です。

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今年も桜の花が咲く季節になった。
以前は、別に桜が咲こうが咲かまいが全然気にしなかったけど、
今年はちょっと違う。
きれいに咲いた桜を見ると、
ちゃんと咲いたんだな。
がんばったんだな。
なんてほめてやりたくなるんだ。
だって、この花を咲かすのに、桜は毎年がんばってるんだ。
そう思うようになったのは、去年出会ったあいつのせいだ。
桜子。
春の間だけ会える、俺達の大切な友達だ。

俺は、宮本満。4月になったら、小学校6年生になる。
春休みになって、サッカーの練習が毎日になった。
休みもほとんどないけど、嫌じゃない。
練習すればするほど、どんどんうまくなるってわかったからだ。
試合も近いし、俺はどんな日もがんばって練習に出かけていた。
そんなある日。
「満、また明日な!」
「おう。また明日!」
友達と別れて、俺は家に向かってぽてぽてと歩いていた。
お腹すいたな。
夜ご飯何かな。
おやつ、ねえちゃんに食べられてないかな。
そんなこと思いながら、自然と早歩きになっていると。
「あれ?」
俺は止まった。
そして、まじまじと見る。
そこには、小さな店があった。
それもかなり古くて怪しげな感じ。
でも、ここ、昨日通った時は何もなかったよな。
空き家だったはずだ。
いつの間にできたんだろう。
そう俺は不思議に思いながら、外からさらにじいっと店の中を見つめてしまった。
店の中には、ブリキのおもちゃがあったり、古いお人形なんかもある。
天井から飛行機のおもちゃが吊ってあったり、昔の変な顔のポスターがはってあったり。
変なお店。
そう思いながら、じっとその店の中を見ていると。
「いらっしゃい!」
と、突然声をかけられた。
「わっ!」
俺はビックリして、慌てて振り返った。
すると、そこに立っていたのは、ひょろひょろっとした男の人だった。
キツネのような細い目をして、にこにこと笑いながら立っている。
両手にはいっぱいの食料が入った大きなレジ袋を1個ずつ持って。
真っ赤なエプロンをつけている。
年は30歳くらいかな?
でも、20歳くらいにも見えるし……。うーん、よくわかんないな。年齢不詳だ。
真っ黒な長い髪を一つにしばっているオニイサンは、ちょっぴり怪しかった。
Uターンして帰りたい。そう思う俺を全く気にもしないで、オニイサンは満面の笑顔で言った。
「いや~、うれしいな。初めてのお客さんだよ。ささ、入って。入って」
「い、いや、俺もう帰るし!」
「そんなこと言わずにさ。飲み物くらいだすよ」
ま、うちは喫茶店じゃないんだけどね。
はははは。なんて大笑いしているオニイサンに俺は何も言えず、
「お、お邪魔します」
なんて言ってしまった。
大丈夫か?
危ない人じゃないか?
実際そう思ったんだけど、逃げられなかった。
このオニイサン、細い割に力強いんだもん。
俺はあれよあれよと言う間に、店の中に入ってしまった。

「どうぞ。そこに座ってね」
「は、はい」
さー、何出そうっかな~。
そう言って、オニイサンは、何だかウキウキした様子で奥の部屋に入っていった。
俺はそんなオニイサンの後ろ姿を見ながら、その進められた古い椅子に座った。
そして、きょろきょろと周りを見渡す。
それにしても。
見れば見るほど変な店だよなあ。
あちこちにふっるーいポスターや着物を着た女の人がにっこり笑ったハガキなんかが貼ってあるし。
今にも壊れそうな車のおもちゃなんかもある。
……漫画もあるぞ。黄色に変色してるけど。
変なの。なんて思いながら店の中を見ていると、入り口の方に桜の形をした物が置いてあるのに気が付いた。
入る時には気が付かなかったな。何だろうそう思って、俺はすすすとその入り口に近づいた。
セピア色の商品がたくさんある中で、ここだけがこの店の中で唯一明るいピンク色した処だった。
桜の形をしたお皿やいろがみや、そして小さな木の箱などが置いていて。それから……。
「お香だよ」
「!」
またまた慌てて振り返ると、そこにはにこにこ笑ったオニイサンが立っていた。
「ははは、ビックリした?」
「ビックリしたに決まってんだろ?」
「ははは、ごめん。ごめん。真剣に見ているな~と思ってさ」
「ったく……で、なんだよ、お香って」
「ん? 知らない?」
「知らないよ。そんなもの」
「うーん、じゃあ試しにつけてみようか?」
そう言って、オニイサンは俺からその小さな箱を受け取り、そっと開けた。
すると、プンと不思議な香りがする。
「何、この匂い?」
「桜の香りだよ。火をつけると、もっとよくわかる」
「え? 火? それ売りもんじゃねえの?」
「うん、まあそうなんだけど、1個くらいいいよ。試しにつけてみるつもりだったし」
オニイサンは箱の中から2センチくらいの三角の形をしたものを取り出した。
そして、近くに置いてあった小さな平の皿の上に乗せた。
ポケットからライターを取り出すと、その三角の頭に火を近づけた。
すると、あの不思議な香りがうんと濃くなって、部屋中いっぱいに広がった。
これが、桜の香り?
「なあ、オニイサン」
「ん?」
「これが桜の香りなのか?」
「うん。そうなってるね。……って、どうかした?」
オニイサンが首をかしげてこちらを見た。
きっと俺は変な顔をしていたんだと思う。自覚はある。
でも、
「違う」
「え?」
「これは桜の香りなんかじゃない」
オニイサンは驚いたのか、目を丸くさせていた。
そうだろうな。だって自分でも何でこんなにむきになってるんだろうって思う。
でも、やっぱり譲れないんだ。だって……。
「桜の香りってもっと水っぽい匂いがして、心がすうっとするんだ。全然違うよ。桜子はこんな変な香りじゃない」
「え? 桜子って?」
「あっ」
「なになに? 君のガールフレンド?」
目をキラキラさせて、オニイサンは食いついてくる。
しまった。俺は後悔したけれど、これが後の祭りってやつなんだろう。
俺は、はあっとため息をついて、白状した。
あーあ。ねえちゃんに怒られる。
「……友達だよ。信じないと思うけど」
そう言って、俺は去年出会った大切な友達の話をした。

去年の春。
俺はねえちゃんと一緒に渡良瀬公園に行った。
ねえちゃんは誰かと一緒に行くみたいだったけど、強引に連れて行ってもらった。
すっごい暇だったからさ。
俺が一緒に行くこと相当渋ってたから、もしかしてデートなんじゃねえのって言ったら、違うわよって怒られた。
でも、実際行ってみたら、村瀬孝明っていうにいちゃんがいたからさ。
やっぱりデートだったんだってねえちゃんに言ったら、ものすごい顔で怒られたのを覚えてる。
そして、俺達は公園の中にある1本の桜の木の元へ行った。
その桜は他の桜に比べるとまだまだちっこくて、でも、きれいな花を咲かせていた。
その下で持ってきたお弁当を食べようと座ろうとした時。
そこにはすでに先客がいたんだ。
ちんまりとしたばあちゃんと。
一人の小さな女の子。
真っ白な着物を着て、座敷童みたいな顔をして。
美味しそうにおいなりさんを食べていた。
そう、その女の子こそ、桜子なのだ。
桜子は桜の精だ。
去年の2月にねえちゃんとにいちゃんが迷子になっている桜子を助けたのがきっかけだった。
渡良瀬公園に帰りたいと言う桜子を連れて行った時、2人は約束したんだ。
春になって桜の季節になったら、必ず会いに来るからって。
そう約束をして、ねえちゃんとにいちゃんは桜子と別れた。
そして、3月になって桜が咲いた頃、その約束を守るべく2人と俺はここ渡良瀬公園へ来たんだ。
そりゃね、最初はちょっとだけど驚いたよ。
でも、おいしそうにおいなりさんを食べている桜子に、何かもういいやって思ったんだ。
だって、見えるし、何か可愛いし。
名前がなかった桜子に名前をつけたのだって俺なんだぜ。
例え桜子がおばけだろうが精霊だろうが関係ない。
大事な友達だ。
そして、今年も4月になったら俺とにいちゃんとねえちゃんと桜子に会いに行く予定なんだ。
ってことをオニイサンに話したら、
「ふーん、それはとっても素敵な出会いだねえ」
とにこにこ笑っていた。
「気味悪くないの?」
「どうして?」
オニイサンはキツネみたいな目をちょっと見開いて、心底不思議そうな顔をした。
「いや、だってさ、たぶん桜子人間じゃないし。いや、俺は好きだし、友達だけど」
そう言いながらも、もごもごと段々と小さくなっていく声に、オニイサンはにこりと笑った。
ついでに、俺の頭をふわりとなでる。
男の人に頭を撫でられることが随分と久しぶりだったから、俺はびっくりして固まってしまった。
そのまま顔を伏せる。
ちょ、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
オニイサンはやっぱり気にせず、頭を撫でながら言った。
「気味が悪いはずないでしょう? だって、満くんの大切な友達なのに」
「うん」
「いいなあ。僕もお会いしたいよ。桜子さんに。さぞかし可憐で素敵な香りをされているんだろうね」
「う、うん、まあね」
「ねえ、ねえ」
オニイサンが俺の頭を撫でるのを止め、ずずずっと顔を近づけてきた。
何だ、何だ、嫌な予感がするぞ。
だって、オニイサン目がキラキラしてるし。
「な、なに?」
俺が、恐る恐る聞いてみると、オニイサンはにっこり笑って爆弾を投下した。
「僕も一緒に行ったらだめかな?」
「ええっ! そんなの無理に決まってるじゃん!」
やっぱり、嫌な予感、大当たり!
慌ててお断りする俺に、オニイサンはなおも食い下がる。
「そこを何とか。悪いことは絶対にしないから」
会いたいんだよ~。桜子さんに。
なんて言いながら俺の手をぎゅっと握ってきた。
おいおい、目までウルウルしてるぞ。
そんな顔でお願いされたら、うんて言うしかないじゃん!
でも、そんなこと勝手に決めたら、ねえちゃんに怒られるし。
ねえちゃんに怒られるのは、はっきり言って相当怖い。
仕方がないので、俺は妥協案を出すことにした。
「と、取り合えず、ねえちゃんに聞いてみてからでいい? 俺だけの桜子じゃないからさ」
「わかったよ! 待ってるから、連絡ちょうだいね!」
「う、うん」
これ、おねえさんに~。
そう言って、オニイサンはたくさんのキャンドルとキャンドルスタンドをバッグに入れて渡してくれた。
これで、許してくれるかな。ねえちゃん。
俺は大きな大きなため息をついた。


<『桜の香りは水色の香り』2に続く>

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